ハナミズキ
あの頃のことは今でも忘れられません。
前年の暮れから体調を崩しがちだったデミ。3月になるとオムツの生活になり、散歩もほとんど行けなくなりました。4月に入るとまともな食事がほとんど摂れず、好物のジャーキーやとろみのあるやわらかいフード、そして病院での栄養剤に頼る日々となりました。
当時の私は転職したばかりで、新しい仕事が想像以上に体力的に厳しく、でもデミが頑張っているのだから私も頑張ろうと、その気持ちだけで日々を乗り切っていました。
また元気になって一緒にお散歩しようね、と私は毎日デミに語りかけていました。だけどもうそれは無理だとわかっていました。毎日、仕事の休憩時間には必ずデミの様子を聞くため自宅に電話をしていました。
亡くなる数日前、私はもう歩けなくなったデミを抱いていつもの散歩道へ行きました。何年も毎日一緒に歩いた道。春になるとハナミズキが咲く道。デミは鼻を動かして風の匂いを感じ、スズメが飛ぶ姿を目で追っていました。
デミの命の灯が日々小さくなっていくのを、私はただ側にいて見守ることしかできませんでした。別れが近いことがわかっていたからこそ、1秒でも長くデミのそばにいてやりたかった。
そして最後の日、前夜から身体の震えが止まらなかったデミを病院に連れて行くよう家族に頼んで私は仕事に出掛けました。そして休憩中に家に電話をした私は、その1時間ほど前に病院で診察の順番を待っている間にデミが息を引き取ったことを知りました。
最期のとき、両親と、お世話になった獣医さん、マルクとスーちゃんを連れて病院に様子を見に来た弟、みんなに見守られる中で息を引き取ったそうです。
なのに、私だけがそこにいなかった。
デミは誰よりも、私に側にいてほしかったはずなのに。私も、最期の時は何があっても側にいると決めていたのに。
そのことだけが、今でも悔やんでも悔やみきれません。
もし、あの春転職していなかったら。前の仕事を続けていたら、時間の自由がきいて一緒にいてあげられたはずなのに。何度も何度もそう思いました。
デミの身体を納めた箱には、大好きだったパンとジャーキー、いつも使っていた毛布、そして庭のラベンダーや散歩道のハナミズキの花をたくさん入れてあげました。人見知りのデミが唯一なついていた私の幼なじみは、知らせを受けてすぐに駆けつけてくれました。
それからの私の生活は、ただ仕事でクタクタに疲れるだけの毎日。家に帰ってもデミがいない。そう思うと、私は何のためにこんなつらい仕事をしているのかと、日々がとたんに無意味なものに思えてきました。
そんなある日、猫を見たいという友人の付き合いで立ち寄ったペットショップで、私はデミとそっくりな目をしたボーダーコリーの子犬と出会ったのです。
それがルースでした。
見た目は似ていても中身はデミとまったく別で能天気でお転婆なルースの世話に忙殺されるうちに、デミを失った私の悲しみは少しずつ癒されていきました。
だけど、デミのいない寂しさは今でもあの頃のまま。マルクもルースもスーちゃんもいる。それでもデミを失った心の穴は今でもぽっかりと開いたままです。
デミは本当に特別な存在でした。いつも一緒で、一心同体とはまさに私とデミのことでした。デミの幸せが私の幸せで、私の幸せがデミの幸せ。これは“人間と飼い犬”としてはけして模範的ではない依存関係だったと思います。だけど私は本当に幸せでした。
あれから2年経った今、ようやく気付いたことがあります。
デミのいない寂しさを乗り越える必要はないんです。心に開いた穴をふさごうとする必要もない。もういないという現実を受け入れ、穴をふさぐよりも、新たな幸せを見つけることで心の面積を外に広げればいいんだと。
デミの幸せが私の幸せ、私の幸せがデミの幸せ。
それなら、私はこれからもデミのためにしてあげられることがある。
私自身が幸せに生きていくこと。
それがデミの何よりの望みだと思う。
家族がいる。マルクとルースとスーちゃんがいる。猫の貞子もいる。友人もいるし、今ではいい職場に恵まれて素晴らしい仲間とやりがいのある仕事をしている。おしゃれをしたり、美味しいものを食べたり、好きな香水をつけたり。遊びに出掛けたり、季節の移り変わりを感じたり。
日々の中にそういうちょっとした幸せを感じながら生きていこうと思う。デミのために。
今年もハナミズキの花が咲きました。
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